
「病巣感染説」という踏み絵
とうの昔に医学的に否定された「根管治療は万病の元ゆえ、抜歯を推奨する」などということが、最近一部の界隈を賑わしています。これを根拠に歯を抜いてインプラントをするネジ屋もいるようです。
ここで一つ付け加えたいのは、メディア等で一つの論文だけをもって こうだー!だの、あーだー!だのと言う記事が後を立ちませんが、そんな一つの論文で何かが変わったり認識が変わったりすることはありません。通常、それが本当か再現性があるのかの検証やそれに反する論文も読んで公平な立場からどちらが科学的に正しいかを判断します。
もし「根管治療は万病の元ゆえ、抜歯を推奨する」を吹聴したりそれに類する書籍や動画などを根拠とする歯科医師がいたら、それは医学的根拠で判断する能力を著しく欠いていると判断してもいいのかもしれません。
こう言うことを真顔で言う人物は、自分から医学的根拠のないものを信用する「医学的に信用のおけない人物」であると宣言しているに等しく、「病巣感染説」は“踏み絵”として機能しています。
今回の声明の要約と感想を以下に記します。
米国歯内療法学会(AAE)が声明を出す
つい先日の2026.8.12に世界最高の専門機関のひとつである米国歯内療法学会(AAE)が、わざわざ表題のようなファクトシート(公式声明)を発表しました。こんなことをせざるを得ないのは、昨今のSNSや動画配信による非科学的なデマの蔓延が本当に深刻なのだと思います。
その中でわざわざNetflixの娯楽番組『Root Cause』(2019年)や、Dr.Price(プライス博士)を名指ししています。
きちんとした根管治療は「歯を残す」ための最も安全で確実な選択肢
根管治療(歯の神経・根の治療)が全身疾患を引き起こすという科学的根拠は、現代の医学において一切存在しません。 医療の世界では「根管治療は感染と痛みを取り除き、天然歯を安全に保存するための極めて重要な治療である」という強固な共通認識が確立されています。
SalehrabiとRotsteinによる米国での大規模な疫学調査(Journal of Endodontics, 2004)では、146万2,936本という膨大な数の根管治療歯を追跡し、8年後の生存率が97%という事実があります。さらに、Murrayらの包括的レビュー(International Endodontic Journal, 2000)においても、「根管治療が全身疾患を引き起こすという疫学的な証拠は皆無である」と結論づけています。
きっと苦笑いのウェストン・A・プライス博士
近年、医学的に否定された「根管治療をした歯から細菌が漏れ出し、全身疾患を引き起こす」という病巣感染説が一部の界隈を賑わせています。 事の起こりは100年以上前、1920年代にウェストン・A・プライス博士が発表した論文(Dental Infections, Oral and Systemic, 1923)なのです。以前の記事でも言及していますが、ツッコミどころが多すぎて悪い意味で衝撃的で酷いものでした。
違う理由で起きた感染を「根管治療の危険性」にすり替えたこの理論は、1951年の米国歯科医師会雑誌(JADA)特別号において、対照群の欠如や過剰な細菌暴露などを理由に医学的に完全に否定されています。
完全否定から75年以上経った今回も良識なくデマを拡散する人たちによって声明を出さざるを得ない状況となっています。プライス博士自身も「いい加減、黒歴史掘り起こしてくれるなよ」って草葉の陰から苦笑いしていると思います。
トンデモ論者への感想
残念なことに、現代においてもこのトンデモ論を主張する歯医者が後を絶ちません。むしろ、増えてさえいます。前述の娯楽映画『Root Cause』のデタラメをさも真実かのように触れ回って患者の不安を煽っています。映画を作った人もいれば本を出した人もいます。それを錦の御旗みたいに振りかざす歯科医師もいます。
科学の基本である「データの比較と検証」すらできない輩は医療者として患者の身体に触れたらいけないと個人的には思います。
